情熱大……楽 (DSP篇)

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 ピリリリリリリ……
 
 装着していたインカムに、緊急用アラームが鳴り響いた。間髪入れずに、店長の怒鳴り声がインカムを通じて聞こえてくる。

「てめぇら、出番だぞ! であえぇ、であぇぇ!」
「ちょっと店長、店員が混乱するから黙ってて下さい!」
「べらんめい、ワシは店長だぞ! お? コ、コラ離せ、コ……ザザ……」
「……失礼しました。緊急事態です。午後17時1分、2階の文房具売り場にてスティールが発生しました」

 いつもこの言葉を聞いた瞬間、体が軽く震える。

「スティールされた売り物は、アバレンジャーキャラクターカードつきぬりえちょうが1点、ジャポニカ学習帳が1点、マッキー極細8本入りが1点です。現在賊は、正面玄関に向かって逃走中。タイムカード番号が偶数の人間は、正面玄関に急行してください! 繰り返します、タイムカード番号が偶数の人間は、正面玄関に急行してください!」

 ショッピングセンターナカムラの、精肉売り場。

 夕方5時過ぎだとあって、精肉売り場コーナーには、大勢の主婦がつめかけていた。

 僕は、まさに今、牛サイコロステーキ(冷凍のオーストラリア産だ)をお客から受け取って、値段を言い渡そうとしていたところだった。
 けど、緊急事態だ、肉を売ってる場合じゃない。あわててお客にバツサインを出すと、慣れたもので、お客もすぐに理解し、離れていってくれた。

 偶数の人間。僕のタイムカード番号は1002番、偶数だ。……偶数だよな?

「落ち着け優介。1002番は偶数だよ。そら、ウェポンだ」

 優介っていうのは僕で、本名は古川優介。エージ先輩はそういうと、僕の両手の中に鉄製の銃器を押し付けた。
 ナカムランチャー。正式名称、中村式43mm砲。店長である中村が、グレネードランチャーを模して作った、ショッピングセンターナカムラ最強のウェポンだ。大きさは774ミリ、重さは弾丸を装填してない状態で4kg。46mmの模擬弾を撃ちだして、その打撃で賊を気絶させるのが基本的な使い方だ。

「エージ先輩、僕、ランチャーはあんまり自信無いんですけど……」

「毎日一応練習してるじゃないか? 自信持てよ」

 自信持てよといわれて、自信が沸いた試しはない。

「だいたい優介。お前さん、今日は1人も賊を撃退してないだろ? もう夕方だ、そろそろ撃退しておかないとヤバイんじゃないの?」

「じゃあ、せめて電磁モップに持ち替えさせて下さい。あれならまだ」

「おいおい、今逃げてる賊は、超強襲型、バリバリの肉体派だぜ? 接近戦挑んで、木っ端微塵になりたいのか?」

 木っ端微塵。すぐさま僕は、先月強襲型に足を踏み潰された社員のレントゲン写真を思い出した。粉々も粉々、足の骨は踏んで割れたポテトチップスのようになっていた。

「うぅ、分かりました、ランチャーでいいです」

 自分で思い出して、自分でゾッとした僕は、先輩の意見を素直に聞くことにした。

「OK。ここで頑張って、歩ちゃんにいいところ見せろよ」

「たたた? 滝川さんは関係ないでしょ!」

 僕は断固否定したが、悔しいことに顔は熱くなっていた。

「関係ない? そうでもないぜ。大物を捕らえて、勢いづいたところで告白だ。どう?」
 
 大物を捕らえて、勢いづいたところで告白……。

「そ、そんな勢いなんて借りなくても、僕は気持ちを明かしますよ。そんなことより、先輩、そろそろ正面玄関に行きましょうよ。賊が撃退されますよ?」 

「ん、それもそうだな。んじゃ、そろそろ行きますか」

「ハイ」

僕達は、ようやく正面玄関に向かって走りだした。しかし走りながらふと思う。

(勢いをつけて告白か、悪くないな)

 ハッキリいって僕は、エージ先輩の言葉を、おもいっきり真に受けていた。
         


「ギャオース!」
 正面玄関で暴れ狂っている賊は、想像を超える化物だった。
 
 身長は……2m半ぐらいだろか? 自動ドア前の小さなスペースはこいつ1人でほぼ埋まっていた。顔は角刈りのコワモテ、全身筋肉の固まりで、フランケンシュタインってこんなのか? と思わせる。
 店員は30人近く集まっていたらしいが、今立っているのは10人程度だった。あとは全員気絶して床に寝転がっている。

「せ、先輩! あんなモンスター君が相手なんですか?」

「みたいだな。マンガ並だぞ、ありゃ」

「ぜ、絶対勝てないですよ、あんなの。僕達の手に負える相手じゃない……」

「ギャアァオース!」
 
 残っていた社員を、ちぎっては投げ、ちぎっては投げるフランケン。

「クソ、優介撃て! このままじゃ店から出ちまう!」

「えぇ? なら、先輩も撃って下さいよ!」

「オレはウェポン持ってきてねぇんだ! あんな化物だなんて予想外だった。いいから撃て、マジでやばいぞ!」

「苦手なのに。でぇぇ、当たれ!」

 バシュゥゥゥ! ナカムランチャーから模擬弾が発射された。模擬弾といっても、ヘビー級パンチの2乗の威力がある(店長曰く)、くらえば即気絶の代物だ。

 ガウンッ! 模擬弾は、フランケンの頭上を越えて、入り口の自動ドアの上、コンクリート部分にめり込んだ。パラパラと破片が落ちる。

「あぁ……やっぱり当たらない……」

 何度もいうが、僕はナカムランチャーが苦手だった。練習じゃ結構当たるんだけど、実戦じゃ頭が真っ白になって、どこを狙えばいいか分からなくなる。

「いいからどんどん撃て!」

「うりゃ、うりゃ、うりゃぁ!」

 ガウン! ガウン! ガウン!
 
 1発目は天井に、2発目は自動ドア横の植木鉢に、3発目は、すでに気絶して横たわっている社員の尻に直撃した。社員は当たった瞬間「ウッ」と喘いだが、再びすぐに気絶した。

「だ、誰がやったか憶えてないよね?」

「そんな悠長なこといってる場合じゃない、来たぞぉ!」

 明らかに自分が狙われている事に気づいたフランケンは、僕に向かって突進してきた! ドォン、ドォンと一歩踏み出すごとに、軽い地震が起こる。

「ギャギャォォォォン!」

「う。わぁぁぁぁ、どうします、どうします!」

 もはや完全にパニック状態になった僕は、とにかくエージ先輩に指示を仰いだ。

「撃て、的がでかくなってチャンスだろうが!」

「僕には無理です、先輩、交代して下さい!」

「バカヤロー、撃て!」

「当たらないんですよぉ! やっぱり僕は」

「優介ぇ、後ろだぁ!」

「え? く―――」

 ガウン! ゴッ! 

 振り向きざまに、反射的に撃った僕の弾丸は、床に当たり、そのまま跳ね返ってフランケンの顎を直撃した。

 ウ~ア~、と怪物そのものの叫びをあげると、フランケンはそのまま床に、大の字になって崩れ落ちた。

「た、助かった」

 半ば放心状態で、僕は床に座り込んだ。ほどなく、インカムに場違いな、さっきのオペレーターの、どこか間の抜けた声が響いた。

「皆さん、お疲れ様でした~。17時6分、賊は撃退されました。撃退したのは……タイムカード番号1002番、精肉売り場担当の、古川優介さんですね。すぐ報告のため、社長室に来てください。それでは各自、通常業務に戻ってください」

 こうして、僕は久々に賊を撃退した。しかも結構、大物を。


 今の戦闘は、はたして何だったのか?
 
 何故、精肉売り場でアルバイトをしている普通の高校生、古川優介がグレネードランチャーもどきを振り回してフランケンとバトルしていたのか?
 
 答えは簡単、ここショッピングセンターナカムラは、いつのまにか『派手なバトルがウリのスーパー』になってしまったからだ。
 
 ナカムラは、もう15年以上前からこの土地にあり、ずっと地元の市民に愛され使われてきた。けど、周りにドンドン進出してくるコンビニと、ここ数年の不況のせいもあって、何か新しい、客を引きつけるようなパフォーマンスが必要になった。

 そこで店長が目をつけたのが、『日本シーフギルド』。

 世の中には、盗みに命を懸ける人間が、星の数ほどいる……らしい。その人達が集まってできたのが、日本シーフギルド。

 シーフギルドの人間は、盗みのプロで、人間離れした奴らばかり。さっきのフランケンがいい例で、あれは危険指数Aの大物だったらしい。

 何を血迷ったか、我が店の店長中村は、そのシーフギルドに挑戦状を叩きつけてしまったのだ。『盗めるモンなら盗んでみろ』と。店長の狙いは、自分の作った武器で、シーフギルドの『賊』を撃退して、そこに起こる派手な戦闘で客を取るとことだった。

 かくして、いつ終わるともしれない、ナカムラVSシーフギルド、宿命の対決の構図ができあがってしまったのだ。

 店長のアイデアは意外にも的中し、この戦いが始まってからのナカムラの客員動員数は、今までの倍近くにまで膨れ上がった。ただ同時に、この激務に耐えられず辞めていく社員も数多くいた。僕の場合、辞められない理由があったから今ここにいるわけだ。

      ※

「はぁ、結局1発も狙ったところにいかなかったんだよな。ふぅ~う」

 僕は、20時2分にタイムカードを押し、着替え、挨拶を済まし、ナカムラを後にした。時間も時間だけに、入り口前の駐輪場に止まっている自転車の数はまばらだ。

「何で僕ってこうなんだろう? はぁ~」

 もう十一月も半ば、ため息は吐いた瞬間、白い息へと変わる。

 僕はいつも通り、どっぷり自己嫌悪に浸っていた。

 嫌悪するのは自信を持てない自分。容姿、仕事、人間関係、全てにおいて僕は自身が持てなかった。ようするに暗い性格ってことか。……はぁ~。
 
まず自分が人より劣っていると強く感じさせられたのは、小学校に入学してしばらく経った頃だった。
 両親が営む定職屋が今にも潰れそうなことを肴に、からかわれたのだ。
 あれから10年、僕は高校生二年生になったが、未だに定食屋『五郎』はしぶとくもちこたえていた。

 昔は、自分がからかわれる原因を作った親がどうしようもなく憎かった。さんざん、何でウチだけが貧乏なんだ! と詰め寄った。けど、今は僕なりにその苦労を理解し、バイトをして家計を助けている。ただ誤算だったのは、一番近所だから入ったバイトに、あんなふざけた新システムが導入されたことだった。

 もうひとつ、僕が人より劣っていると感じさせられている最大の原因……それは顔に対するコンプレックスだ。

 右目から口の右端に向かって、弧を描きながら点在する『3つのホクロ』。

 まるで涙を流しているように見えることから、小学校入学から中学一年頃まで『泣きむし優介』略して『泣っきー』と呼ばれるハメになったのだ。
 
 あいつらは、冗談のつもりだったろうけど、僕には後遺症が残ってしまった。

 例えば授業中、先生に当てられ、立って教科書を朗読するとき。

 恐らく、だれも僕のことなど気にしていないだろう。だけど僕は、自分のこのホクロが視線を集め、今にも笑われているようなイメージを受けてしまう。
(ねぇ、見て古川君の顔)

(プッ! なにあのホクロ、泣いてるみたい)

(クスクス)

この幻聴を、何百回も僕は聞いた。

 最近は誰も泣きむし優介とはいわないけど、僕は常にこの顔を意識してしまい、自身が持てなかった。

「な~に暗くなってんだ、今日のヒーローが!」

 突然、パン! と背中がはたかれた。

「あ、エージ先輩」

 そこにいたのは、同じく食品部門でバイトしている先輩、三森栄治だった。

 年は二十歳で大学2年、176cmの長身で、きれいに鼻筋の通った、絵に描いたような色男。仕事もこなし、そして常に自信と余裕を持って行動するエージ先輩は、僕にとって見習うべき先輩だった。

「心の準備はできたか?」

 といいつつ、先輩は僕の首に右腕を回し、気安く肩を組んできた。いつものことだ。

「何の心の準備ですか?」

 ? 本当に分からなかった。すると。ポカッと僕の後頭部がこづかれた。

「あいた! 何するんですか?」

「大物を捕らえたら、その勢いで告白、だろうが」

「あ~、それか。ダメですよ今日は。僕は自分のダメさ加減を、部屋に閉じこもって徹底的に責めるんです。ウジウジウジウジとね。ということで――?」

「おまたせっ!」

 パシッ! 背中が再びはたかれた。まさか? 脳裏にある人物が浮かび上がる。振り返ると、そこにいたのは――

 健康的で、明るい性格だと一目で感じさせる、黒髪のショートヘアーの少女。気の強そうな顔だが、朗らかに笑っている今の顔は、人好きされる、愛らしい顔だ。

 そう、この少女こそ、僕をこの店に留まらせている……脳裏に浮かんだ意中の人、ショッピングセンターナカムラのパン売り場の看板娘、滝川歩だった。僕と同じ高校2年生で、僕は普段滝川さんと呼ぶ。頭の中ではもちろん歩ちゃんと呼んでいた。

「あ、た、滝川さん? ……先輩、まさか?」

「ああ、誘っておいてやったぞ」

 それを聞いた瞬間、僕の頭に血が昇った! 

 このデリカシーのない先輩の行動に腹を立てた僕は、野獣の如く先輩の首に掴みかかり、前後に激しく揺さぶった。

「何勝手なことしてるんですか! 嫌です、僕は帰りますよ!」

「ガフッ!? オ、ヂ、ヅ、ゲ!」

「ええ? 古川君帰るの? 今日の主役は古川君でしょ、アタシと栄治先輩だけでご飯行くの?」

「え? ご飯? え?」

 強制告白じゃない? 僕は、とりあえず首から手を離した。

「ゴホゴホ……そうだよ、全く。3人でお前の大物獲得を祝って、メシでも行こうと思ったんだよ、早とちりしやがって。いいたいことがあるなら、メシを食い終わった後にいうんだな」

軽く咳き込みながら、先輩はニヤッと意地悪そうに笑った。

「何ボソボソやってるの? 古川君、行くんでしょ!」

「は、はい」

 いきなり、予想外の展開だ。もはや自己嫌悪などしてる場合ではなかった。


「んじゃ、オレちょっと寄っていく所あるから」

 食事を終え、店から出た途端、先輩はサラッとそういった。瞬く間に、僕の血の気は引いていく。

「え? ちょっと先輩? そ、そんな」

唐突なその申し出に、僕はすがるような目で精一杯、「行かないでくれ!」という合図を送った。しかし先輩は、苦笑して僕から目をそらしただけだった。

「どこ行くんですか、三森先輩」

歩ちゃんは、先輩の発言にさほど驚いていない。ニコニコしたまま聞いた。

「ん~、まぁ、ちょっと君達にはついてきて欲しくない場所かな?」

「うわぁ、なんかヤラシイ~。彼女ですか?」

「まぁ、そんなところだ。優介、ちゃんと送って行ってやれよ」

「はぁ。分かりました……」

 これは……チャンスなのか? 
いや、落ち着け。ここで暴走して何になるっていうんだ? せっかく仲良くなれるかもしれないのに。いやしかし、A級の賊を撃退して、僕の評価は歩ちゃんの中でうなぎのぼりのハズ。しかも、食事直後で脳は幸福な状態。だいたい、僕と歩ちゃんが二人きりで歩くなんて、未来永劫金輪際永久に二度とないかもしれない。僕の思いを打ち明けるのは、今日なのか? いやしかし、いや、だが。

「じゃあね、歩ちゃん。優介も」

 僕は無限にループする妄想ワールドから、先輩の挨拶で現実に引き戻された。

「サヨナラ三森先輩、またおごって下さいね」

「ハハハ、気が向いたらね」

そういうと、先輩は僕に意味ありげな視線を送ってから、去っていった。

(上手くやれよ、ってことだろうな。……いわれなくても)

「じゃ、行こ、古川君。ちゃんとエスコートしてね」

「は、はい」

 僕は一緒に歩きながら、横目であらためて彼女を見た。

 身長はいっしょぐらいだから、170cmぐらいかな? やはりお腹一杯になって幸せなのか、いつも以上に白い歯が覗けた。やはり……カワイイ。けど、見た目なんかどうでもいい! いや、カワイイほうがそりゃいいけどさ。とにかく、歩ちゃんの一番の魅力は、断固あの人間性なのだ。      

 明るく活発な性格で、どのグループにいても、いつのまにか輪の中心にいる。そして老若男女、分け隔てなく接する彼女は、こんな僕にも気さくに話しかけてきてくれた。

「古川君て、大学行くの?」

 ふと、歩ちゃんが口を開いた。僕は必死に脳内コンピューターを起動し、ベストな返事を検索した。

「え、と、う~ん、まだ決めてないかな」

「そっかぁ。まだ、高校二年生だもんね」

「そ、そうだよね」

 沈黙。

「ねぇねぇ、なんでナカムラに入ったの? やっぱり近いから?」

「うん、そう」

「そうだよね。アタシもなんだ。いまや、あんなバイトになっちゃったけどね。アハハ」

「ハハ」

 沈黙。

「そういえば、パートの三浦さんて、不倫してるらしいよ」

「へぇ~」

 沈黙。

 こ、これで会話は成り立ってるんだろうか? 明らかに、普通の会話より短い気がする。質問の受け答えを間違えたか? 
 
ん、いや、しかし楽しそうな顔をしている。上手くいってるってことなのか? 雰囲気は良好、こうなりゃ玉砕覚悟でやってやる!

「た、滝川さんてぇ! その、ほら、彼氏とかいるの?」

う、我ながら下手な牽制だ、バレたか!? いきなりの質問に、歩ちゃんはビックリして数秒固まった。しかしすこし経つと、僕の目を見て

「いないよ。いたらこんなに毎日バイトこないよ」

と冗談ぽく、笑いながら応えてくれた。と、いうことは、だ。

「な、なら。その、あれです。ぼ、僕と」

「え、なぁに?」

「ぼぼぼ、ぼく、ぼ」

「?」

「僕と、僕と」

「うん」

 僕と……つきあってくれるなんて、そんなことあり得るんだろうか? 

 ふと、僕は冷静に考えてしまった。そしてその迷いの瞬間を見逃さず、僕の脳裏にいつもの幻聴がこだました。

【プッ! なにあのホクロ、泣いてるみたい】

【クスクス】

「古川君?」

 ……そうだよな。危なく暴走するところだった。分をわきまえなくっちゃ。

「ハハハハ」

「な、何? どうしたの?」

「いや、なんでもないんだ。そういえば、パートの三浦さんが不倫してるんだって? 詳しく聞きたいなぁ、アハハ」

「……」

 う!? そ、その目は?

 歩ちゃんは、かつてみせたことのないような、冷たい目で僕を見た。

「えーっとね。三浦さんはね」

 しかし、次の瞬間には、何事もなかったかのように、いつもの明るい歩ちゃんに戻っていた。

 結局、この日は何もいえなかった。

 僕は自分の情けなさを再確認し、再び自己嫌悪モードに入った。







(中)へ続く

# by dkdkdkdkdk1 | 2002-12-30 00:00 | 過去作篇
「いらっしゃいませ~」

「ただいまより、お肉がサービスタイムです!」

 先輩が、手際よく値引きシールを貼っていく。30円引き、50円引き、100円引き。そこに群がる客をかわし、シールを貼り終わった先輩は、僕に話しかけてきた。

「ふぅ~。で、昨日どうだった? 思いとやらは伝えられたのかい?」

「……無理でした。どうせ僕なんて相手にされませんからね」

 我ながら卑屈なセリフだ。これを聞いた先輩は眉をひそめた。

「……お前な。っとと?」

 突如、僕たちの前に、大きな、太い男が現れた。2m近くあり、黒のスーツをはちきれそうになりながらも着用している。……明らかにお客様って雰囲気じゃない。

 横に相当大きい男なので、僕たちの視界からは、精肉売り場が全く見えなくなった。 

「あ、ちょっと横、通りますんで」

 先輩が横を抜けようとすると、その男もくっついて移動し、一向に商品売場は見えない。

「あの、ちょっと横を通らせて下さい!」
 
 先輩は語気を荒げながら、バスケの試合よろしく、フェイントをおりまぜ左右に素早く動いた。が、その大男は巨体に似合わない、不気味なほどのスピードで左右に動き、視界を遮った。

 ニヤッと大男は、ニキビだらけの顔で笑った。

「優介、ヤバイ、この向こうでは明らかに賊がスティールしてるぞ!」

「け、けど、コイツが!」

 大男は腰を落とすと、手を出し、中指を立ててクイクイっと前後に動かした。

 それを見て、不敵に笑う先輩。

「命しらずだね、お前さん。好きだよそういうの」

 というと、先輩は大男に背を向けると、背中から大男に体当たりした。そのまま脂肪に埋まりつつも、僕に向かってバレーボールのレシーブの構えを取る。

「来い、優介。フォーメーションムーンサルトだ!」

「えぇ? そんな大技自信ないですよ」

「バカ、そんなこといってる、グハ! グッ」

 自分の腹にめり込んだ先輩を、大男はニヤニヤしながら殴り始めた。みるみる先輩の顔が血だらけになる。このままじゃ、このままじゃ……。

「うわぁぁ、南無さぁぁん!」

 僕は、大男の脂肪の中で苦しんでいる先輩の、レシーブめがけてダッシュした。

「上がれぇ!」

 ガシィ! しっかりとレシーブに乗った僕を、先輩は力一杯、上空に飛ばした。同時に僕もレシーブを踏み切った。フォーメーションムーンサルト、それは障害物を上から越えるための、ナカムラ秘伝の二人技であった。

「~~~グッ! 届かないぃぃ」

 あ、あと少しの高さまで上がった。あと少し! 僕は苦しみながらも、空中で右足を前に踏み出した。

「なっ、ブッ!?」

 顔を踏んだ感触は、意外に硬かった。顔を足場に、僕はもう一度ジャンプした。

「オ、オレを踏み台にした~?」

 僕はさらに空中で一回って、売り場へと降り立った。一般客からの歓声があがった。

「あ、お前ら!」

 売り場には、同じく黒いスーツを着た男が二人いた。一人は昨日のフランケンほどではないが、ガタイのいい男。もう一人は僕よりも身長の低い小男だった。

 その小男は、サンタクロースが背負っていそうな大きな白い袋に、松坂牛、田島牛などの高級肉をつめこんでいる。

「チィ、見られた! 行くぞ、ジェットストリームスティール発動だ!」「おう!」「おうよ!」

 返事と共に、小男は走り出した。

「あ、待て! うっ!」

 その進路上に、ガタイのいい男が立ちはだかり、そしてシャドーボクシングを始めた。ウェポンなしではとても勝てそうにない相手だ。

「クッ」

「なるほどなぁ! 遮断型一人、離脱型一人、そして強襲型一人ぃ! 理想的なメンバーだぁ! お前ら、有名な『日本の黒い三連星』だなぁ!」

 太った男の向こうで、先輩が僕に聞こえるよう、大声で解説してくれた。

「COME ON BOY!」

 シャドーボクシングを続けながら、口で挑発してくるガタイ男。

「古川君!」

 突如、あきらめた僕の手に、電磁モップが渡った。電磁モップ、正式名称中村式電磁刀。普段はモップとして使っているが、スティール発生時には先の毛の部分の静電気を増幅し、触った瞬間相手を気絶させる接近戦用ウェポンに早変わり。
 渡してくれたのは、歩ちゃん……ではなく、同じ精肉部門のパートのおばさん、佐々木さんだった。しかし、これで戦える。僕はモップを構えて、見よう見まねの臨戦態勢をとった。

「い、いくぞ!」

「JESUS!」

 形勢が不利になったと思ったガタイ男は、殴りかかってきた。しかし、モップの方がリーチは長い。ガタイ男のパンチと、僕のモップ、先に突き刺さったのは……僕のモップだった。バチバチバチバチッ、とプラズマが走る!  

「GAAA! ……S、SHIT……」

 ガタイ男は、痙攣しながら崩れ落ちた。

「優介ぇ! 小男を追え! アイツを逃がしたらなんにもならねぇ!」

 大男と殴り合ってる先輩が叫んだ。そ、そうだった。けど、あいつは離脱型、今から、僕が追いかけて間に合うのか?
 
 しかし予想に反して、小男の背中はすぐに見えてきた。離脱型にふさわしくない逃げ足の遅さだ、と思ったが、よくよく考えると20kgはあるだろう肉のつまった袋を背負っているのだ、走ってること自体が凄い。
 僕に気づかず、必死に前へ前へと進もうとする小男。何か、健気な気すらする。

 僕が後ろから恐る恐るモップを伸ばすと、ギャッ、といい、小男はあっさり気絶した。

 太った男もいつのまにか先輩に負けていた。こうして僕は、二日連続で大物を捕まえることに成功したのだ。ほとんど何もしていないのに。

 
「それでは、古川君と三森君の輝かしい成功に、カンパ―イ!」

 ビールのジョッキ同士が、ゴン、ゴンとぶつかりあう音がする。 

「て、あの、僕未成年なんですけど」

「ブレイコーだよブレイコー。さぁ飲んだ飲んだ」

「いいのかな……」

 自分の回りをぐるっと見渡してみる。オジサンオバサンお兄さんお姉さん、幅広い年齢の、20人近くの人間がゲラゲラ笑いながら騒いでいる。

 僕達が日本の黒い三連星を撃墜した後、僕の二日連続の大物撃墜を祝って、ナカムラの精肉部門の人間が、焼肉屋でのうちあげを開催してくれたのだ。

 普段からつきあいのある、パン売り場のメンバーも呼ばれていて、当然歩ちゃんも参加していた。

「優介ぇ、歩ちゃんらって飲んでるら、お前も飲め!」

「エージ先輩、もう酔ってるんですか?」

「誰が酔っとるかい! 自分はシラフであります!」

「酔ってるじゃないですか……。まぁ、いいや。実はお酒って飲んだことなかったし、丁度いいチャンスだ」

 グビ、グビ、グビ、グビ。ジョッキのビールはあっという間になくなった。

 なんだ、苦い苦いというけど、こんなもんか? おいしいじゃないか。

 僕の飲みっぷりに、周りから歓声が上がった。

「いいねぇ~古川君」

「若い奴は、自分の限界を知っとかなくてはイカン。さぁ、ドンドン飲みねぇ」

(程々にしとこう)

 心にそう決めて、僕は次のジョッキに手を伸ばした。


―――1時間後。

「ウワァッハッハ」

「お、おい優介。そろそろやめとけ」

 無性に楽しかった。何もかもが面白く思えた。

「まだまだいけますよ、せんぱぁ~い! ウワァハッハッハ」

 隅田川に飛び込みたい気分だ。

 ふと歩ちゃんを見ると、楽しそうに笑っていた。そうだ、告白しなくちゃ。

「え~、皆さん! 私、古川優介は、今日、重大発表がありま~す!」

 僕は、おもいきり立ち上がって叫んだ。

「おいおい、優介!? 何をいいだすんだお前?」 

 先輩が、青ざめた表情で僕を見た。

「見てて下さいエージ先輩!」

「いいぞぉ、重大発表って何だぁ!」

「え~、ゴホン。それでは、重大発表をさせて頂きます! 私、古川優介は……」

 僕の言葉を待って、シーンと静まり返る宴会場。

「パン売り場の、滝川歩さんが、好きでありまぁす! イェイ!」 

さっきまで大騒ぎだったうちあげの場は、凍りついた。皆、ハトが豆鉄砲をくらったような顔で僕を見ていた。

「いえた……」

 無事告白できたと思うと、猛烈に眠くなってきた。

 すぅー、と僕の意識は遠のいていった。


「えぇ~、酔っ払った勢いで、僕が滝川さんに告白したぁ? し、しかも」 

「ゴメンナサイ、だとよ。バカヤロー、早まりやがって」

 さすがに、僕は耳を疑った。告白したのは、おぼろげながらに憶えていた。もちろん今の今まで夢だと思っていたが。そして僕の思考は、次の瞬間、この最悪の状況を打開する方法を考えた。いや、しかし、ゴメンナサイといわれたら、どうしようもないのか?

 先輩の話だと、こうだ。

 僕は告白したあと、気絶したが、先輩が肩を貸してくれてたので、皆からは立っているように見えたらしい。そしてそのまま、皆は歩ちゃんの返事を待ったらしい。しかし、歩ちゃんは……「ゴメンナサイ」といって、焼肉屋から出て行ってしまったらしいのだ。

「終わった……何もかもが……」

僕は勤務中だが、精肉売り場の床に、両手をついて崩れ落ちた。

 この店の客は、ちょっとやそっとの店員の奇行には驚かないので、通り過ぎていく。僕は、バイトを辞めるしかないと思っていた。
 
 だけど、事態は予想外の方向に動き出す。

 生肉売り場で値引きシールを貼っている僕の前に、なんと歩ちゃんが現れたのだ。午後6時だから、僕の告白からまだ20時間しか経っていない。歩ちゃんには気まずいとかいう感情はないのだろうか?

「な、なにか用?」

 僕は、平静を装って、そっけなく聞いた。

 歩ちゃんは、ちょっと恥ずかしそうに横を向き、そのまま僕に話しかけてきた。

「古川君。あの、ちょっと話があるんだけど。今日、バイト何時に終わるの?」 

「え? バイトは、今日は8時上がりだけど」

「そう。じゃあ、8時頃にまた来るね。バイトがんばって」

「う、うん」

「三森先輩も頑張って」

「お、おう」

 こ、これは? ひょっとしてよい兆候なのでは?

「なんだ、あの歩ちゃんの態度は? 優介、ひょっとして、仲直りできるかもしれんぞ」 

 僕も内心、そんな気がした。昨日はゴメン、彼女にはなってあげられないけど、友達でいようね、とかいってくれるんじゃないかと思った。

 そして、あっという間に8時はきた。歩ちゃんは……来た。


僕達は、とりあえずファミレスに入った。二人になってから五分近く無言状態が続いていた。

「古川君何か食べる?」

「い、いや、僕はいいよ」

「あ、そう。じゃ、コーヒーひとつ」

「かしこまりました」

 僕は、とにかく謝るしかない、と思っていた。

「昨日はゴメンね」

「え……?」

「いきなり帰ったりして」

「そ、そんな、僕のほうこそ……」

 先に謝ったのは、なんと歩ちゃんだった。

「それでね、今日の話っていうは、誤解を解こうと思ってさ」

「誤解?」

「そ、誤解」

「おまたせいたしました」

 カタン、と歩ちゃんの前にコーヒーカップが置かれる。

「ごゆっくりどうぞ」

 歩ちゃんはコーヒーを少し口に含み、そして再び喋りだした。

「昨日ゴメンナサイっていったでしょ?」

「あ……う、うん」

 僕は直接その言葉を聞いてはいなかったが、頷いた。あらためて直接聞くと、結構ショックだ。

「私にはそんなつもりなかったんだけど、あの状況じゃそう思われるよね」

「え? どういうこと?」

 あの状況? そんなつもりはなかった? 何をいってるんだ?

「だから、あのゴメンナサイっていうのは。ゴメンナサイ、今は返事できない、帰りますって意味で……皆が思ってるような意味のゴメンナサイとは違うんだよね」

「え? え?」

「で、昨日一晩考えたんだけどね」

 歩ちゃんは再びコーヒーを少し口に含んだ。そして一息ついていう。

「古川君さえよければ、アタシは別に……」

 恋愛経験の乏しい僕にも、歩ちゃんのいわんとすることは理解できた。つまり、僕とつきあってもいいよ、ということだろう。しかし、それを素直に受け取るだけの、自分に対する自信など、僕にはどこにもなかった。

「アハハ、またまた」

「え?」

「滝川さんが、僕とつきあってもいいなんて、いうわけないじゃないか」

 歩ちゃんは、意味が分からないという顔をした。

「どういう意味?」

「冗談なんでしょ? それで、後から皆で笑いものにするとか。違う?」

 僕は、ひきつった笑いを浮かべながら、歩ちゃんの反応を待った。

「……」

 反応は返ってこない。この間に耐えられず、僕はさらに続けた。

「あ、やっぱり図星だったんだ。アハハ、僕はちゃんと分をわきまえる人間なんだ、残念だったね滝川さん?」

 ぺチッ、という音が鳴ったかと思うと、僕の顔は右に向いていた。それほど痛くはなかったが、ビンタをくらったのだと理解した。

「バカじゃないのアンタ! そうやって一生自分を見下してればいいわ!」

 バンッ! と500円玉をテーブルに置いて、歩ちゃんはファミレスを出て行った。

「……なんだよ、ビンタしやがった。とんだ暴力女だな」

 僕は呆然と歩ちゃんが出て行くのを見ながら、心にもない言葉を呟いていた。






(下)へ続く

# by dkdkdkdkdk1 | 2002-12-29 00:00 | 過去作篇
「おい、優介。声がでてないぞ」

「……ハイ」

「ち、まったく。いらっしゃいませ~! 焼き鳥一本60円です、どうぞご利用下さい」

 他人のトラブルをひやかすのが大好きな先輩だけど、昨日歩ちゃんとと何があったのかを聞こうとはしてこなかった。先輩なりに気をつかってくれてるんだろう、僕の声が出ていない分も大声でカバーしてくれていた。

 ピリリリリリ……

 ショッピングセンターナカムラで働く者全ての店員のインカムに、緊急アラームが鳴り響いた。さらにインカムに連絡内容が告げられる。

「緊急事態発生! 緊急事態発生! 惣菜売り場にてスティールが発生しました! 現在南西方向に逃走中! 賊は、恐らく危険指数Sの、スパイク林田だと思われます、十分気をつけて下さい。タイムカード番号の末尾が1~3の人間は西方向の非常口、4~6の人間は南西入り口A、7~0の人間は南西入り口Bを封鎖して下さい!」

「おっと、今回はお別れだな優介。じゃ、頑張れよ!」 

 僕は気が進まなかったが、とりあえずうなずいて、西側非常口へ走った。


「一生自分を見下してればいい、か」
 
 僕は非常口の扉にもたれかかって、独り言をいった。5メートル程前には、各部署のタイムカード番号末尾が1~3の人間がワイワイ騒いでいた。皆、スパイク林田が獲物とあって、血が騒いでいるらしい。

 昨日の今日にあんなことがあって、僕にはとても、闘争心など沸いてこなかった。

「バイト、やめようかな」

 手に持ったナカムランチャーに目を落とし、ボーっとそんなことを考えていた。

 と、その時。

 近くから、「ウッ」とか「グッ」とか、うめき声が聞こえてきた。なんとなく、僕は前方を見つめた。

「え? あ!」

 僕の目は、驚きで大きく見開かれた。

 なんと、前方にいた集団の中で、華麗に舞っている男がいるではないか! バリバリのアフロヘアーにサングラス、体つきは意外とスリムだ。もちろん、舞っているというのは例えで、実際にはそいつは、蹴りや突きを芸術的に社員に叩き込んでいった。立っている社員の数は、みるみる減っていった。

「コ、コイツ! 死ねやぁ!」

 ズガン! 至近距離から社員の一人がナカムランチャーを発砲! しかしなんとスパイクは、撃ち出された模擬弾を蹴り上げ、次の瞬間撃った社員に蹴りを喰らわせていた。化け物じみた運動神経だ。

「ぼ、僕がやるしかない」 

 そう、少し後ろにいた僕は、今のところスパイクの眼中になかった。ターゲットサイトがないので、目測で、慎重に狙いをスパイクに定める。

「ど、どこだ。どのへんを狙えばいいんだ?」

 練習のときは、なんとなく、感覚的にだが、どの辺りに向かって撃てばいいのかが分かる。だから、練習の時の射撃の成績はむしろいいほうだった。

 だが、いざ実戦となるとワケが違う。緊張のせいで距離感は狂い、狙いが定まらないのだ。どこを狙ってもやはりもう少し右か、とか、もう少し下か、なんていう考えが頭をよぎって、いっこうに狙いは定まらない。そして今回も例外ではなかった。

「ハァ、ハァ、クソ、僕が当てなきゃいけないのに! クソッ、クソ、なんで狙いが定まらないんだよ! クソ、なんでだ、なんでこうなんだ僕は!」

 死ぬほど情けない。いっそ、死にたかった。焦りと、悔しさで、場違いにも涙が溢れてくる。戦闘中に泣いている男なんざ、僕ぐらいだろう、さすがは『泣っきー』だ。一応スパイクを睨みつけてはいるが、もはや涙で何も見えていない。もう、ボロボロ、最低だ。

 ふと、涙でぼやけた視界の中に、僕に迫ってくる男を捉えた。スパイクだった。どうやら、全員やられたらしい。

「カモン、ボーイ」

 ニヤニヤと笑いながら言うアフロ男のスパイク林田。

 次は僕の番、というワケだ。僕は覚悟して目をつぶった。


 どれくらい時間がたっただろうか? 一分? 三分? 五分?

 なかなか攻撃してこないので、とうとう僕はしびれをきらして目を開いた。

 そこには、誰もいなかった。目を閉じる前と違ったのは、スパイクがいなかったことと、後ろの非常口が開いていたこと。

「僕みたいなヤツは、倒す必要もないってことか。ハハハ」

 もはや、笑うしかなかった。自分に自信が持てなかったせいで、またしても僕は失敗を犯したのだ。もう、ダメだ。

「優介、無事だったか!」

 先輩だ。さらに続々と、この死闘の痕を見物にきた客がつめかけた。

「なんかとんでもないバケモノだったらしいな。お前だけでも無事で良かった」

「そりゃあ、無事ですよ。ずっと目をつぶって、怯えてただけですから」

「何? おい、優介?」

 僕は、先輩の横を通って、歩き出した。もう決心していた。 


 バタン、とロッカーの扉を閉める。一年以上使ったロッカーだ、少しだけ愛着も沸いていた。ふと、ロッカールームの入り口に人影を感じる。

「ハッ。失敗したから辞める、か? 単純だな、お前さんの頭は」

 予想通り、エージ先輩だった。大方、僕を引き止めにきたんだろう。

「ひきとめても無駄ですよ。僕は、一生自分を見下していくんですよ」

「なんだそりゃ? まぁいいさ。別に、オレは、お前さんを引き止めにきたワケじゃあない。ただ、一つ問題を出したくってね」

「問題?」

 こんな時に何を? てっきり引き止めにきたと思っていた僕は、少々拍子抜けした。  

「そうさ。さて、問題です。いつも自信が持てない持てないと嘆いている少年がいました。彼が、自信を持てない理由はなんでしょう?」

 ニヤニヤしながら先輩はそういった。自信が持てないと嘆いている少年。あからさまに、僕のことだろう。

「嫌味ですか、それ?」

「いいから答えろよ」

 自信が持てない理由……。いろいろある。昔、貧乏をからかわれたことや、この顔がコンプレックスになってるってこと。けど、はたしてそれが『答』なのか?

「……」

「ちょっと難しかったかな? んじゃ、ちょっと簡単にしてやろう。なぜ、その少年はナカムランチャーを使う自信がないんでしょう? なぜ、自分の狙いに自信がもてないんでしょう?」

「それは……その少年の性格に、問題があるからです。どんなに頑張っても、自信がもてない、そういう性格なんですよ、その少年は。まぁ、先輩みたいな人には分からないですよ、そういう人種の気持ちはね」

「ふ~ん。けどさ、どんなに頑張っても自信が持てないっていったけど、その少年は本当にそんなに頑張ったのかな?」

「な! 当たり前です! ちゃんとバイトが始まる30分前から射撃訓場にいって訓練してるし、何度か1時間近く居残り練習をやったことだってありますよ。人より頑張ってるのに、何故か自分に自信が持てない、そういうダメなヤツなんですよ、僕は!」

 いつのまにか、少年から僕の話になってしまった。

 先輩は、僕の熱弁を聞いて、満足そうにうなずいていた。けど、話が終わると、いきなり鋭い目つきで僕を睨んできた。いつものどこか適当な雰囲気ではなく、真剣だ。

「優介、オレの手、ちょっと見てみろ」

 そういって、先輩は手を差し出した。そこに差し出された手は、僕の予想と全然違う、先輩らしくない手だった。

 外側こそ普通だが、内側は……なんとマメだらけだった。そういえば、先輩はバイト中は、いつも薄い衛生用手袋をつけている。あれは、先輩が肉を触りたくないからだ、と思っていたが、実際にはこんな手で食品を触れられなかったからだったのか。

「ど、どういうことですか?」

「優介、オレが、お前より遅くバイトに来たことがあったか? お前より早く帰ることがあったか? たまに、一緒に帰るぐらいだろうが」 
 
 いわれてみれば、そうだ。まさか、と僕は思った。

「せ、先輩は……毎日早くきて訓練して、夜も居残り訓練をやってるんですか?」

 先輩はその質問には答えず、苦笑しただけだった。

「なぁ、優介。オレにもなかなか自信が持てない、そういうヤツの気持ちはよく分かるんだ。なんせ、オレもそういう人間だからな」

「へ? 何いってるんですか、先輩みたいな人が」

 いつも自信と余裕をもって行動する、エージ先輩からそういわれても、全く説得力がなかった。

「オレも、お前と同じ年ぐらいの時にはそうだったのさ。自分では頑張ってるつもりなのに、何に対しても自信がもてない、ダメなヤツ。けど、オレはあることに気づいたんだ」

「あること?」

「そうさ。オレは本当に頑張ってるんだろうか? てな。それから、一度だけ、死ぬ気で頑張ったことがあるんだ。もう、体がボロボロになるまで頑張って、誰にでも胸を張って頑張った! っていえるぐらいにな。するとな……」

「す、すると?」

「その、死ぬ気で頑張ったことに対しては、自信がついたんだよ。なんていうんだろ、死ぬ気でやってたことが、自然にでてくるカンジだな。それに、その死ぬ気で練習したことは、心のよりどころになるんだ。あれだけやったんだから、てな。で、オレはそれから少しずつ、死ぬ気で頑張って、自信が持てるモノを増やしていったんだ。だから、今なら結構いろんなことに自信がついてる、てワケさ」

僕は、どてっ腹に穴が開いたような、重いショックを受けた。

僕が自信をもてなかったのは、性格がどうこうより、ただ頑張りが足らないから、自信がもてなかった。

ただ、それだけだったのだ。

「なぁ優介。まだ、辞めるには早いだろ? 一回だけ、死ぬ気になってみないか?」 

 僕は、自分の心の奥底が熱くなっていることに気づいた。こんな気持ち、初めてだ。

 僕は、生まれ変われるかもしれない。僕は先輩に礼をいって、訓練場に直行した。


 ピリリリリリ……インカムに、おなじみの非常時用アラームが鳴り響く。

「緊急事態です。午後17時4分、2階の文房具売り場にてスティールが発生しました。スティールされた内容は―――」

「おい優介、昨日のデートどうだったんだ?」

「な! 今それどころじゃないでしょ! 放送聞きましょうよ! それに僕と彼女はそんな関係じゃないんですってば!」

「ハイハイ、さいですか。お前さん、そろそろ女の子とのつきあいも、死ぬ気になってマスターしたほうがいいんじゃない? そこは全然進歩してないし」

「ほっといて下さい!」

「しかし、酔っ払って告白してきたようなヤツの、どこがいいんだろうね、彼女も」

「だぁぁ、しつこいな! もう、行きますよ!」

「へいへい。け、年間最多撃墜賞とってから、急に態度でかくなったよな、お前」

「ウ……エヘへ」

 そう、僕はいつのまにか、ナカムランチャーにかけては誰にも負けない使い手になっていた。

 自分で納得いくまで、手がマメだらけになるまで練習した頃には、僕は自分の狙いに自信がもてるようになっていたのだ。
 
 まだまだ、僕には自信が持てないことがたくさんある。けど、もうそれで悩んだりしない。自信は、頑張り次第で、誰にでも持てるモノなのだから。     




おわり

# by dkdkdkdkdk1 | 2002-12-28 00:00 | 過去作篇

ライトノベルも書いてるアルバイター大楽絢太が、情熱大陸ばりに現状垂れ流すブログ。最近は不定期更新!


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